理事長あいさつ・財団の動き

佐藤理事長あいさつ

 平成25年4月1日、大分県芸術文化スポーツ振興財団は新しく公益財団法人に移行し、同時に理事長として就任いたしました。
 大分は私のふるさとです。実際に暮らしたのは中学までですが、帰郷するたびに、大分の美しい自然や風土に愛おしさと誇りを感じます。文化は自然と風土のなかで生まれ、長い時間をかけて、地域の人々に受け継がれ、伝統を築いてきました。
 瀬戸内海に突き出た国東半島は「仏の里」と呼ばれています。古代、宇佐で生まれた八幡信仰は、古代仏教と融合して「神仏習合」が生まれ全国に広まりました。「神仏習合」とは、神と仏との出会い。自然の中に神を見る信仰と、人間の生き方を求める仏の道が調和されているということです。現代の「人と自然」との関わり、共生のあり方に通じるものです。国東半島にある六つの郷では、山間に多くの寺院を建立して、独特の仏教文化を華ひらかせました。これが六郷満山文化です。
 16世紀、豊後(大分の古称)の大名・大友宗麟はキリスト教の布教活動を保護し、南蛮貿易を行いました。町の教会では、ビオラが奏でられ、賛美歌が歌われていました。大分は西洋音楽発祥の地でもあります。九州のキリシタン諸大名は天正遣欧少年使節団をローマに派遣しています。首席正使・伊東マンショは大友宗麟の名代でした。彼らは、この時代、西欧諸国に我が国の存在を知らしめるという偉業を成し遂げました。まさに大航海時代の世界の夢の一部を共有したのでした。
 大分市内には、大友宗麟や伊藤マンショの姿を伝える野外彫刻があります。像の前に立つと、世界に向かって船出した若者たちの壮大な夢を感じます。大分の文化は「異質文化のきしみあい」のなかで育まれてきたのです。
 「私たちは今、日々の営みの中で文化を守り、創造し、楽しむことによって、幸せを感じたいと願う。そして、文化が心のよりどころとして地域社会を支えるものであることを改めて認識し、ここ大分の地に、県民一人ひとりが笑顔にあふれ、文化の香り高いふるさとを創造することを決意する」。これは、大分県文化振興条例(平成16年4月1日施行)の前文の言葉です。
 当財団は、大分県から「iichiko総合文化センター(大分県立総合文化センター)」と27年春に開館する「大分県立美術館(OPAM)」の指定管理を一括して受けています。
 両施設は、大分県の芸術文化の2大拠点施設として、県都大分市の中心市街地に隣接して設置されます。この優れた立地条件と、大分県がもつ芸術文化の伝統、潜在力を最大限に活かし、条例に掲げた精神を具現化するため、「出会いと融合、そしてネットワーク」をキーワードに、芸術文化の融合による新しい大分の芸術文化を創造してまいります。
 今後とも、当財団の活動につきましてなお一層のご支援、ご協力を賜りますようお願い申しあげます。

公益財団法人大分県芸術文化スポーツ振興財団
理事長 佐藤禎一

小松理事が国東市と豊後高田市を視察(H25.9.23視察)
2014.02.18

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